子どもの絵が生まれるところ


先日、ある保育園の3歳クラスの子どもたちが絵を描く場面に立ち会いました。


「絵」というと、一般的には「すでに名前がつけられている図」のことを指しますが、このくらいの年齢の子どもたちの場合には、必ずしも「描くこと」がイコール「絵を完成させること」ではありません。


何か描いている途中でなぐり描きを始める子もいれば、ひたすら色塗りばかりする子もいます。

皆が皆、はじめから終わりまで計画的に描くわけではなくて、描くというより脈絡のない(ように見える)作業に夢中になったり、そうかと思うとふいに描いたものに名前をつけていることもあります。「はじめから完成を見越して絵を描く」という大人が想定するプロセスとは少し違うのです。


そういう中で、多くの子どもがよく描くのは、こういう顔の真下から足が出ているような人の絵です。


これは「おとうさん」。

じつはこの日はもともと「(先の連休中にあった)運動会を思い出して絵を描こう」というクラスの設定で描画活動が始まっていたので、おそらく当日会場に来ていたお父さんのことを思い出したのでしょう。

この子はそのあと、少し離れたところに「おかあさん」も描きました。



子どもたちがわいわい話しながら大きな模造紙に向かっている途中で、一人の男の子が話しかけてきました。描きながら話がどんどん展開するので、私は胸ポケットに挿していたボールペンで、彼の話の内容を絵の脇に書き留めていくことにしました。

(子どもが絵を描く場面でよくやることなのですが、なぜそうするかというと、書き留めてあげるとその子が喜んでもっと話すし、書き残しておけば、後から保育者さんたちと共有することもできるからです)


「これはぼくのおうち」と、その男の子は言いました。


「この家にはお風呂があって、階段があって、お庭があって、ベランダがあって、冷蔵庫もあって、その中にはりんごが入っているんだよ」


くわしく語られる室内の様子に、彼の家庭での生活が垣間見えます。


この女の子は、はじめに女の子の絵を描いて、その後で、隣に口の大きな人の顔を描いて、「おばけ!」と言いながら笑いました。おばけが登場した理由はわかりませんが、楽しそうです。

子どもたちの話に耳を傾けていると、何気なく描かれた線や色の塊がいろいろな意味を伴って動き出し、話すごとに手が動いて、絵の要素が増えていくのがわかります。

あらかじめ考えたものを描くというよりは、手を動かしながら、話をしながら、その場その場で思いつくことが多いからなのでしょう。



やがてそれを見ていた保育者さんたちも、それぞれの子どもの言葉を絵の脇に書き留めはじめました。

すると、子どもたちが次々に保育者さんをつかまえて、「あのね、あのね」と自分の絵の説明を始めました。

絵を描くことも楽しいのでしょうが、どうやらそれ以上に、自分の話を聴いてもらえることが嬉しいようです。

「みてみて!」の声が飛び交います。


3歳クラスの子どもたちの中には、その設定どおり運動会の絵を描く子もいれば、一方でクレヨンを手にしたとたんに運動会のことをすっかり忘れてしまう子もいて、さらには爪に色を塗った手を楽しそうに見せに来たり、遊んでいたかと思えばケンケンパの輪っかで遊んでいるうちにそれをやった運動会のことを思い出して描きはじめる子もいました。


ようするに、みんながずっと同じ絵を描く目的に向かっていたわけではなかったということなのですが、しかし最終的に共通していたのは、どの子も自分の絵の話を聴いてもらっておしゃべりすることがとても嬉しそうだった、ということです。


逆に言うと、自分の話に耳を傾けてもらえることが嬉しいから、子どもたちはたくさん描いて、たくさん言葉を探して大人に話しかけていたのだと思います。


担当の保育者さんたちも、子どもたちとのやりとりでそれを実感したようで、「いつもはついバタバタして話を聴けなかったけれど、一人ひとりゆっくり話を聴いてあげたら、ふだん絵を描かない子たちもよく描いた」と驚いていました。




子どもの絵は、よくそういう「なりゆき」と、その場の対話を通して生まれます。


その日、子どもたちは当初の目的だった「運動会の絵」についてはそれぞれ描いたり描なかったりしたわけですが、でも、描かなかった子はまた一緒にケンケンパでも飛びながら、運動会のことを思い出したタイミングで誘ってみたらよいのではないでしょうか。


決められた時間のなかできちんと描けるということよりも、「描きたくなって描きはじめる」というみちすじを体験することのほうが、子どもの時間においてはずっと大切なはずです。







〈この記事をご利用いただくにあたって〉 著者は、表現に関する理論を平易な言葉や現象の説明に置き換えて書いており、この記事を保育現場で働く方たちが日々のご自身の保育に生かすことや、育児中の親御さんがお子さんと過ごすためのヒントとして利用していただくことを歓迎しています。 一方で、研究者や専門家が断りなくこの内容を下敷きにして著作を作成したりSNSで投稿することなどは(これに限らずごく一般的な作法として)もちろんNGです。乳幼児の描画に関する諸説にはいろいろな方の優れた著作がありますが、あえてこちらを参考にされる場合には、しかるべき手続きをふんでご利用ください。


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「子どもは描きながら世界をつくる』

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 ​エピソードで読む描画のはじまり

片岡杏子 ミネルヴァ書房

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