「感じ」を感じ取って伝える記録


「場面の記録」を実践しはじめたのは、2008年のことでした。

当時在籍していた大学院で、1歳の子どもたちと親御さんを対象に「描画遊びの実践研究」を始めたときです。

毎回お子さんを連れて来てくださる親御さんに向けて、大事な場面を視覚的に伝えていこうと考えました。

今ならSNSでやるでしょうが、当時は今ほど普及していなかったので、ブログを使うことにしました(※)

とにかく写真の力を借りて振り返る媒体が必要だ、と思ったのです。

それには、子どもを連れた親御さんに面と向かって「こういうことが大切です」とあれこれ説明して、ちょっと押し付けてしまう感じになるのを避けたいという気持ちがありました。

また、そういう「振り返り」がないと、毎回の活動が「なんだかよくわからない」という印象で終わるにちがいない、と考えていたこともあります。

(模造紙と画材を置いた部屋で1時間余り遊んだり休んだりして過ごしていただくだけで、何かが出来上がるわけではありませんでしたから。)

私は写真とビデオ映像の整理をしながら、2週間に一度の活動の記録を数回に分けてコツコツとアップしていきました。

そのうち上の写真の記事は、わりとはじめのころにアップした投稿のひとつです。

いま見るとずいぶん淡白な書き方をしていましたが、それでも焦点をあてていたのは、子どもたちの心の揺れや、ちょっとした表現の片鱗でした。

わかりづらいけれど、嬉しそうなところ。

気づいてほしそうなところ。戸惑っているところ。真剣なところ。

そういうところをクローズアップする。

「目の前のその子が感じていたであろうこと」を感じ取りながら伝えていく。

そういうスタイルの記録です。

ちょっとした心の動きに私たち大人が目を向けていくことを子どもたち自身が望んでいるだろうという気がして、さらにそれが伝わることで親子間のやりとりがスムーズになるだろうという気もして、つまりそれは、現場の必然性に促されるかたちで生まれたやり方だったのでした。

記録を重ねていくにつれて、活動がスタートした頃にあった「何かを達成しないといけないのではないか」という場の緊張感が、次第にやわらかくなっていくのがわかりました。

親御さんたちにしてみれば、「そんなこと(子どもにちょっと付き合うだけ)でよかったの?」という感じだったのかもしれません。

実践研究は、当初は1年で終了する予定でしたが、けっきょく(頻度は下げたものの)2年続けることになりました。

その間、各ご家庭とのつながりをしっかり維持できたのは、おそらくあのブログがあったからだろう、と思っています。

(※ ここで紹介したブログはすでに閉じていますが、一連の記録にもとづくエピソードは、拙著『子どもは描きながら世界をつくる』に掲載してあります。)

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かつて試みたこの記録の経験もあって、いまの私は(自分の記録は淡白だったくせに)保育者さんが現場で感じていることをもっと記録の中で表現しましょう、とことさらに勧めています。

それは、なにか特別なパフォーマンスをしようということではなく、ただただ「生きている人と人」として一緒にいてささやかに感じることを素直に表現し合うほうが、子どもたちとの関係性も面白いものになっていくと感じているからです。このお話は、また別の機会に。

Amazon↓

『子どもは描きながら世界をつくる

 ​エピソードで読む描画のはじまり

片岡杏子 ミネルヴァ書房

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